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それは全然意味がないアリス 耳のないウサギが言いました

歪みの国のアリス/執筆 狐塚冬里 原案 サン電子株式会社 (ナイトメア・プロジェクト) イラスト vient
(公式HP: http://www.freegamenovel.com/alice/index.html

終わりの見えない廊下。誰もいない教室。すべての音が消えた街。
夕暮れの迫る学校で目覚めた女子高生・葛木亜莉子(かつらぎありこ)が出あったのは、「チェシャ猫」と名乗る、フードを目深に被った怪しげな人物だった。
「さあ、僕らのアリス。シロウサギを追いかけよう」
チェシャ猫に誘われ、妙なヒトやケモノたちが住まう「人の消えた世界」へ迷い込んだ
アリス=亜莉子は、元の世界に戻るために「シロウサギ」の行方を追うが――・
やがて忘れられた真実と邂逅した時、新たな悲劇の幕が開く。その果てにアリスが見たものとは?

さあ、覚めることのない悪夢をあなたに――

(以上、小説帯より抜粋)


正直に言うと、この作品を扱うべきか否か、かなり迷った。
小説の元となったゲームは一時期ブームを巻き起こしたほど有名なものだし、小説版の刊行も話題になったため、この本の感想自体はネット上に数多く存在する。
サイズフェチの面から見ても、ゲーム内では主人公の亜莉子が小さくなるシーンがあり、この小説がゲームのノベライズならば縮小娘の要素を含むことも分かっていた。

じゃあ何が問題なのかというと、この作品は他の作品のように縮小パートだけを取り出して解説することが非常に困難なのだ。不可解なシーンと不条理な登場人物が繰り広げる荒唐無稽なストーリーではあるが、ひとつひとつのパートがそれぞれに連続した意味を持っているので、一部だけを切り出そうとするとどうしても歪なものになってしまう。
つまり、ゲーム版の説明を抜きにして、小説版のswシーンだけを説明することがとても難しい。普通の縮小娘モノとして取り扱うにしても、ゲーム版の存在を無視できないのだ。
…というわけで、ゲーム自体もとても面白いので興味がある人は実際に買ってみよう。ゲームだとスマホ版で400円なのでお手ごろデス。


で、この小説の位置づけとしては、ファンアイテムのひとつとして捉えるのが妥当だと思う。
内容自体はごく忠実なノベライズであり、原作の雰囲気を全く壊さずにあの空気感を小説に落とし込んだ手腕は素直に評価したい。もっとも、元のゲームは途中でストーリー分岐があるサウンドノベルなので、小説版は特定のルートを辿っているという見方も出来るが、それでも小説単体として世界が完結するような作りにはなっている。

だが、この「原作に忠実である」という点が問題なのだ。小説がゲームの世界観を超えないように気を遣った結果だとは思うが、会話文どころか地の文(=アリスのモノローグ)までもがほぼ原作に準拠しており、良くも悪くもオリジナリティがほとんど無い。強いて言えば、ゲーム版ではややお転婆な印象を受けるアリスのセリフが抑え目になっており、少し大人びた印象を受けるくらいか。
あとは小説版とゲーム版で違いがある場所を見つけることが難しいほどに原作をなぞっている。
違う箇所を挙げるとネタバレになってしまうが、公爵の一人称が違う点、ストロベリージャムパン(登場人物デス)が廃棄処分となった理由、ウミガメモドキとグリフォンが出てこない点、それと―結末で由里の生死がぼかされている点が異なる。それ以外については他のキャラが原作のセリフを補っており、原作を知らずとも問題なく読み進めることが出来るほどだ。グリフォンさん哀れ。
ちなみにゲーム版は5つのマルチエンディング方式だが、小説版はそのうち2つを採用している。どれとどれが採用されたか、実際にプレイした人はなんとなく予想がつくのではないだろうか。

そうなるとこの本の目玉はイラストか解説かということになるのだが…挿絵については全編通して10枚程度と少なく、解説については一切なしである。イラストは公式HPで見られる通り、とても美麗なものだっただけに残念だ。
おそらくはメーカー側が、読者に固有のイメージを抱かせず、それぞれの印象を大事にして欲しいという配慮が徹底された結果、こうした形でのノベライズとなったのだと思う。そう考えると納得は出来るのだけど、やっぱりちょっと、ね。


さて、肝心の縮小要素だが、第一章で亜莉子がチェシャ猫と名乗る男に小さくなるパンを無理やり食べさせられ、以降しばらくの間(第二章終盤まで)は人形程度の大きさで話が進行する。チェシャ猫は終盤までアリスのパートナーとして行動するため、小さくなっている間は自然とアリスがチェシャ猫に保護される形でストーリーが進む形式だ。
…え、小さくなる理由?アリスは縮むものと決まっているのさ。
縮む場面も服は小さくならず、しかもチェシャ猫の目の前で縮んでしまったり、その小さな身体のまま無人の学校を彷徨ったり、以降のシーンでもいろんな人物(?)に身体を掴まれたりと、見所は結構多い。小さくなった視点での描写はかなり凝っているようで、この点については手放しで評価したい。
もちろんずっと半裸のままでストーリーが進行するわけではなく、途中でハリネズミと小人の仕立て屋にエプロンドレスを新調してもらうのだが、なんとこのシーンにはイラストがついている。仕立て屋となった学校の家庭科室で、慣れない緋色のエプロンドレスを着て戸惑う亜莉子と、その後ろで満面の笑みを浮かべるハリネズミのシーン。メルヘンチックな衣装に照れながら恥じらう亜莉子がとてもおいしそう可愛らしい。

それと挿絵ではないのだが、小さい状態でのアリスのイラストはもう一枚ある。…まさか419ページの小説の419ページ目にあるとは思わなかった。イラスト担当のvient 氏の寄稿だろう。
ニヤニヤ笑いのままフードを被ったチェシャ猫と、その肩に乗って不安げにフードを握る小さなアリスのツーショット。ある意味、この作品を象徴しているイラストだと思う。時期は明示されていないが、こしあん vs つぶあん戦争のシーンだろうか(そういう場面があるのデス)。そうだとすると、このイラストはアリスのチェシャ猫に対する信頼が段々と深まりつつある時期なので、いろいろ想像できて楽しい。


小説版の定価がゲーム版の3倍(1200円)ということもあり、ゲーム版を全く知らない人にこの作品をswものとしてオススメするのは正直少し気が引ける。私自身は読んでいて楽しかったし、満足もしたのだけれど。ゲーム版に愛着があって本の形で手元に置いておきたい人にとっては、なかなか良い小説だと感じた。
幸い、小説版はゲーム版と違って人に見せたり貸したりするのが楽なので、布教用(?)として持っておくには便利なシロモノだ。貸した相手がゲーム版にも興味を持ったならばしめたもの。そのまま足首を掴んで不思議の国に引きずり込んでしまえ。


最後にひとつだけ。
紹介文において、主人公はアリス=亜莉子と説明されている。アリスも亜莉子も同一人物の同一人格であるのだが、実際の作品中では状況に応じてこの二つの呼称を厳格に使い分けているのだ。
小説版だと切り替わる場面でリードがあるので分かりやすいが、ゲーム版でもさりげなく―注意していないと見過ごしてしまうほど―自然に二人の『アリス』が入れ替わる。例えばアリスが一旦現実の世界に戻ってきて友人と再会する場面では『亜莉子』に戻るが、あるタイミングでまた『アリス』へと変化する。
―実は小説版とゲーム版で、この入れ替わりのタイミングが違う。
具体的には小説版のほうが『亜莉子』でいるシーンが多く、ゲーム版で『アリス』として発言している場面の一部が『亜莉子』に置き換わっている。自身の呼称を決めているのは『亜莉子』本人なので、亜莉子が自分を―――と考えている要素が大きいということか…?
さらに小説版では、この名前に関してラストシーン(404ページ)にちょっとした仕掛けがある。なぜ不思議の国の住人は亜莉子をアリスと呼ぶのか、なぜ亜莉子はその理由を知らないのか、読者にある程度の回答が与えられた上での粋な仕掛けだ。

これは何を意味しているのか?そもそもなぜ、小説版ではこのルートで話が進行しているのか?
―本当はそこに意味などないのかもしれない。でも、その理由をあれこれ考えるのは楽しい。
眠れない夜、スマホと小説を手に、アリスの足跡を追って不思議の国に飛び込んでみるのも面白いだろうね。

――だけど、そのまま眠ってしまわないように気をつけて。
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