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コオナゴ

モドキ/ほしお さなえ

世界には、特別な人とそうじゃない人がいる。特別な人だけが輝いて、愛されて、記憶される。でも、そうじゃない人は…?郊外のマンションに暮らす主婦が覗いたウェブサイト。そこに掲載されていた写真の中のミニチュアの女性は、自分とそっくりの顔をしていた。これは偶然?それとも…。密かに売買されるその人間もどきを巡り、切なく危うい物語が始まる。
(以上、amazonの紹介文より全文抜粋)


桐林は困惑していた。より正確にいえば、恐怖していた。
桐林は南多摩大学の植物研究室で助手を務める科学者だった。
かつて研究室のメンバーと行った南米探検で矮小化した植物群を発見して以来、ずっとその研究を続けていた。
研究を進めるにつれ、植物の矮小化の原因がウィルスのようなものによって引き起こされることがわかってきた。
―いや、違う。我々の知るウィルスとはそもそもの挙動が全く異なる。
さらに研究を進めるうち、桐林はこのウィルスに感染した植物から無数の矮小化体が生まれるところを偶然目撃してしまう。
これは何だ?こんなものが存在することが許されるのか?
明らかになっていく事実が桐原を追い詰めていく。
こんなものが、この世界に存在することが許されるのか…?
だが桐原の思いとは裏腹に、AIWと名付けられたこのウィルスは話題を呼び、研究は熱狂と拡大の一途をたどる…

ちょうどこの時期、生徒の間ではある2つの噂が広まっていた。
ひとつはミニチュアサイズのネズミのような生物が構内に出現したというもの。
もうひとつは、学内で頻発する女子学生の連続失踪事件についてのものだった。


ミナミカワは困惑していた。より正確にいえば、恐怖していた。
ミナミカワはいま、同じスーパーに勤めるマツナガの家に来ていた。
恐怖の原因はマツナガではない。確かにこの男はどこか異様なところがあるけれど、それでも目の前にいる【なにか】よりはずっとましだ。
目の前にいたのは少女の人形…人形だと思っていた。
―動いている。まるで、普通の人間を縮小したような。
「生きものなんですよ、これは。人に似てるけど、人じゃない。別の生きものなんだ」
「嘘」
嘘だ。こんな生きものがいるはずがない。
「ほんとですよ。喋らないし、たぶん知能も低い」
マツナガが目の前のそれに人形の服を着せる。着替えが終わると、それはあちこちを走り回り始めた。
「僕は……僕はですね。むかしから小さい女の人が好きだったんです。机の上に載るような、小さい女の人」
マツナガはそう語る。
ありえない、絶対に。
だが、マツナガにうながされて触ったそれの感触は―リアルだった。

その日から、ミナミカワはときどきマツナガの家を訪れるようになっていた。
あるとき、あの小さな人間モドキが近づいてきて、ミナミカワの手の甲を舐めた。
―一瞬、ぬるっとした。表面が、じゃなくて、中が。皮膚の内側にぬるっとしたなにかが這ったような気がした。

それからだ。ミナミカワの身体から、小さな人間モドキが出てくるようになったのは。
理解不能な言葉を話す【それ】は、ミナミカワと全く同じ顔をしていた。


カメイは困惑していた。より正確にいえば、恐怖していた。
カメイを悩ませていたのは自分の夫だった。最近はマンションの部屋に帰ると、いつも仕事や私への愚痴をこぼし続けている。会話をしようとしても、すぐに不機嫌になってしまう。
カメイは家にいる間、ずっと緊張していた。夫がなんなのか、わからなかった。
―昔はこんなんじゃなかった。こうなったのは、夫が保険会社に勤めるようになってからだ。
夫の収入は安定し、私たちの生活は豊かになったけど、私は幸せじゃなくなっていった。
相談できるのは、同じスーパーに勤めるカホちゃんだけだった。

暴れた夫に痛めつけられたリカちゃん人形を拾い上げる。カメイはまるで、自分が痛めつけられたように感じていた。
このリカちゃん人形は特別なものだ。自分が「藤谷あみ」という名で子役をしていたころ、記念に作ってもらったものだった。

小学校の頃はよかった。あの暑い夏の日。みんなと一緒に帰った帰り道。蝉の声。
友達のなかでも、子役であるあみは特別視されていた。
輝いていた。あのころは。

戻りたい。小さかったあのころに。


AIW。はじめてあのサイトを見たのはいつだっただろう。夫が眠ったあと、ネットであちこちのサイトを回っていて、偶然その画像を見つけた。
人間の手につかまれている小さな女。女の写真と手の写真をコラージュしているのだろうが、影や細かいところまで信じられないくらいうまく作りこまれていて、ほんとに小さい女が存在しているみたいだった。
サイトのなかには、いくつもそういう画像があった。shhrink girl―縮む女。どうやら、世の中にはそういう趣味の人たちが存在しているらしい。
画像を番号順に眺めて、最新の画像を開いたとき、ずきん、と心臓がつかまれたみたいになった。
この顔は……小学生のころのわたしだ。

わたしは子役だったころ、『科学レスキュー911』という特撮に出演したことがある。
「縮小美少女アミの悲劇」と題されたその回で、わたしは、いや藤谷あみは、変な薬のせいで小さくなる女の子を演じた。
アミは謎の工場にあった薬を飲み、リカちゃん人形くらいの大きさになる。偶然通りかかった男が小さくなったアミを拾い、家に連れ帰る。男はアミを溺愛し、アミが小さくなった原因の薬を手に入れ、アミのために動物や人間を縮小し、アミを女王にした国を作ろうとする。
最後、男は捕まりそうになり、アミを守ろうとして死んでしまう。アミは科学レスキューの力で元の大きさに戻ってめでたし、という内容だった。
わたしのリカちゃんはそのときの記念なのだ。小さくなったアミは、ちょうどリカちゃん人形と同じくらいの大きさだった。それで、現場のスタッフがアミと同じ衣装を作りリカちゃん人形に着せてプレゼントしてくれた。

わたしは毎晩AIWのサイトを見るようになった。
画像を眺めているうちに、自分がその画像にはいりこんだみたいになって、身体の芯がぼわぁっと熱くなった。
知らない部屋で変な薬を飲まされて、わたしはだんだん小さくなっていく。目がぐるぐる回り、なにもかもがどんどん巨大になっていく。
いつのまにか、指がキーを叩いて、勝手に物語を作りはじめていた。
自分で小説を書き、「藤谷あみ」という筆名でAIWに投稿するようになっていた。
そのうち、AIWと私はコラボレーションして作品を作るようになった。AIWが作った画像に合わせ、わたしが物語をつける。
タイトルは―「アミの小部屋」。『科学レスキュー911』のアミの回のサイドストーリーで、ドラマのなかでは描かれなかった、男とアミの生活を描いたものだ。
楽しくてたまらなかった。毎晩何時間もパソコンに向かって物語を書き続けていた。キーを打っているときだけ、身体の感触から離れられた。
つらいことに満ちた、現実を忘れることができた。

戻りたい。小さかったあのころに。
「こおなご製作所」をご存じだろうか。
インターネットが流行し始めた90年代後半に灯世我舞(とよがぶ)氏が立ち上げたサイトで、(おそらくは)日本で初めての本格的に縮小女性を専門に扱ったホームページだった。
灯世我舞さんは縮小女性を「小女子(こおなご)」と呼ぶことを好み、自身の描いたイラストや小説を中心に多くのコンテンツを掲載していた。やがては掲示板や投稿小説を通じて同好の士がホームページを訪れるようになり、全盛期にはsw好きの聖地と呼んでも差し支えないほどの規模を誇っていた。
件のホームページは残念ながら現在は閉鎖されているが、いまでも英語圏で"koonago"といえば縮小女性を指すスラングとして通用する。扱っていた女性の大きさに反して、灯世我舞さんとこおなご製作所の影響は大きかった。


今回取り上げた小説「モドキ」は、swではなく「swフェチ」を扱った極めて稀有な小説だ。作中には実際に縮小女性が登場するのだが、それ以外にサイズフェチを抱えた人物が2人登場する。
ひとりは小さな女性しか愛することができない男性・マツナガ。
もうひとりはかつての記憶から【再び】小さくなってある男のもとで飼われることを渇望する女性・カメイ。
この二人の物語は、近づき、交わり、遠ざかりながらある重大な事件を紡いでいく。

この小説がどんな話なのかを説明するのはとても難しい。
形式的には群衆小説とでも呼ぶのだろうか、あらすじで登場した三人の人物―桐谷・ミナミカワ・カメイがそれぞれの視点で出来事を主観的に叙述することで物語が進行する。この三人以外の人物からの視点や客観的な描写については一切記述が無く、登場人物の目を通した世界のみが存在している。
本の構成としては一章ごとが3~5ページほどに短く区切られ、視点=主人公が替わるたびに別の章に移る。
読み進めていくとわかるが、実はこの章の配置も時系列順には並んでいない。加えて、全99章で構成される小説なのに
、開始は0章からになっている。
つまりこれは、小説という形態を利用した一種のトリックだ。詳細を書くことは避けるが、小説全体で非常に完成度の高い構築がなされている。読み終わった後でもう一度最初から読み返さないと、物語の全貌を把握することはできないだろう。

作中には2種類の「こおなご」が登場する(厳密には男の小人も登場しているが)。
まず、現実の人間を縮小したような容姿を有する【モドキ】と呼ばれるこおなごだ。
あらすじに書いた通り、主人公のひとり・ミナミカワは、マツナガの飼育する人間モドキに触れたことで、突発的に身体から小さな分身が発生する特異体質に変わってしまう。
この小さなミナミカワモドキは姿こそミナミカワに酷似しているものの、知能は極めて低く、理解不能な日本語を口走るのみで会話は成立しない。しかも、何匹も何匹も発生し続ける。
ミナミカワもマツナガもこの存在に人権を一切認めず、この人間モドキをものとして扱うのだが…結末は読んでのお楽しみ。
モドキの言葉を「理解不能な日本語」と表現したが、おそらくは何かの法則にしたがって言葉を変換しているのだろう、部分的に理解可能な単語が挿入される。だからといって断片的な理解が可能かといえば全くそんなことはなく、むしろ不気味さを際立たせているだけなのだけど。
どうゆうわけか、最終章でのモドキの言葉だけは容易に日本語に変換できるような簡単な暗号で書かれている。が、この解読法を直接的に他のモドキ語に適用することはできないようだ。理由は…わからない。

人間モドキが客観的に描写されるこおなごだったのに対して、カメイの視点は小人視点からのものが多い。AIWに入り浸る彼女はやがて、自身が小さくなる願望を持つようになり、「縮小美少女アミ」としての自分を"AIW"に小説の形で投稿するようになる。
この小説は作中劇の形式をとるのだが、これが本当に【サイズフェチ向けに書かれた】代物なのだ。数自体は少ないものの、見上げ視点あり、脱衣あり、被食ありと、この界隈の一片を完全に切り出したものになっている。
カメイは作中においてある出来事から昏睡状態に陥ってしまい、ずっと夢を見続けるようになる。自分の願望通り、アミのように小さくなってある男に飼われるという夢だ。この夢にはカメイ自身が書いたようなハードな要素は一切なく、ただひたすらに暖かい。
カメイはこれ以降物語に影響を及ぼすことがほとんど無くなり、脈絡のない夢の中で自身の切ない物語を紡いでいく。
カメイ自身、リカちゃん人形、アミ、そして…


この小説は一般の方からすればSFホラーに分類されるものなのだろう。
人間モドキの描写やその言葉は限りなく不気味で、やがてはある人間の死へとつながっていく。
それに加えて、物語の登場人物のほとんどが【人間らしい】感情の動向を示さない。3人の主人公のどれもが感情移入しづらく、淡々と行動しているような描写が繰り返される。
そのせいか、作品全体に不気味な雰囲気が漂っているような印象を受けるのだ。
―もしかすると、それすらも作者の計算のうちなのかもしれない。
人間のようで、それでいてどこかしら違和感を覚える存在達。あえて適切な言葉を探すなら―


この小説にはあとがきが無い。あとがきどころか、作者のコメントのようなものすら一切無い。
そのためか、本の中に物語が実際に存在しているような印象を受けるのだ。
表紙やタイトルにも意味がある。
表表紙はグラウンドでの風景のミニチュアだ。子供たちの人形が遊んでおり、一見するとほのぼのとして暖かい印象を受ける。
―だがよく見てほしい。カメラのピントが子供たちには合っていない。
この写真のなかでもっとも鮮明な像を結んでいるのは、その左下にあるものだ。
何食わぬ顔をして周囲のものに混ざっているが、よくよく見ると―何かが決定的に違う。うまく表現することができないが、言いようのない違和感を覚えるのだ。もしかすると、これはミニチュアですらないのかもしれない。
裏表紙はグラウンドの片隅。二人の子供がフォーカスされている。
グラウンドの反対側で遊ぶ子供たちとは距離があるものの、楽しそうに話す二人の間には友情のようなものが感じられる。少なくとも、見た限りにおいては。
一度小説を読み終わった後に、もう一度表紙を眺めると【なにか】に気づくはずだ。
モドキ。似て非なるもの。


この不思議な物語の中心には常に"AIW"と呼ばれるものがある。
AIW―Alice In Wonderland。
桐林の同僚は矮小化を引き起こすウィルスにこの名を与え、カメイは縮小女性を専門に扱うこのサイトにのめりこんでいく。
…お分かりだろう。このAIWと呼ばれるサイトは、明確に「こおなご製作所」を意識している。
事実、この小説が出版された2006年にはこおなご製作所は確かにウェブ上に存在し、縮小女性を愛する人たちがそこで活動していた。
作者は物語の外にまで現実と虚構を曖昧にするトリックを仕掛けていたのだ。

こおなご製作所を知る人たちは、この小説を構成するパーツのひとつひとつに似た素材が使われていることに気づくだろう。
わしづかみにされる小さな女性。一人のこおなごを女王とした小さな国。身体から小さな少女が次々と現れる奇病。
いずれのモチーフも、かつてのこおなご製作所でイラストや小説の形を取って描かれたモチーフだ。
すべてが灯世我舞さんの自作というわけではなく、投稿小説などをもとにしていると思われる部分もいくつか存在する。
いわば、オマージュと呼ぶべきものなのだろう。こおなご製作所や、そこで活躍していた方々、そして縮小女性―こおなごに対するオマージュ。

そう考えて読むと、この小説は単なるSFホラーではないように思えてくるから不思議だ。
見方によっては、科学を題材にしたサスペンス小説ともとれるし、人間の実存を問いかける哲学的な作品と言っても通用しそうだ。
物語の中で、こおなご達は様々な役を担わされる。
ある時は人間を模した恐怖の対象として。ある時は果たし得ぬ夢の具現として。


あるいはこの物語は、小さな女性しか愛することができなかったある男の、純愛小説なのかもしれない。


モドキ ほしお さなえ: http://www.amazon.co.jp/dp/4048736892/ref=cm_sw_r_tw_dp_PSY4ub121FW6G
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