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切り取られた世界

1/12の冒険/著・マリアン=マローン 訳・橋本 恵 イラスト・佐竹 美保

アメリカのシカゴ美術館には、子供にも大人にも大人気の展示がある。実物の12分の1の大きさで作られた、68部屋のソーン・ミニチュアルームだ。
細部まで完璧に再現された豪華なミニチュアルームにあこがれるルーシーとジャックは、その中へ入っていける魔法の鍵を手に入れ、思いがけない冒険をすることに……。

(以上、カバー裏あらすじより全文抜粋)


ルーシーには自分だけの部屋が無い。ひとりきりで考えごとができる空間が無い。
原因は姉のクレアだ。ルーシーとクレアが一緒に使っている部屋は、クレアの大学進学のための資料やらスポーツ用品やら服やら、ありとあらゆるもので埋め尽くされている。ほとんどクレアの空間って言ってもいいくらい。
―断っておくけど、クレアはやさしい。ルーシーの知っているどんなお姉さんよりも意地悪じゃない。だけど、こうも自分だけの空間が無いのはルーシーにとって苦痛だった。クレアが大学に進学して家を出るまで、ルーシーだけの部屋がもらえるまで…あと2年近くもある。

だからかもしれない。ルーシーがソーン・ミニチュアルームに夢中になったのは。

その日、ルーシーは社会科見学の一環としてシカゴ美術館に来ていた。ルーシーの大親友のジャック、その母親のリディアが見学ツアーの案内人だ。リディアは画家で、芸術家や美術館には顔が効くのだ。
ジャックはルーシーと正反対の性格だった。とにかく自由で発想力があって、でも頭はとびきり良い。ルーシーが通う小学校6年生のクラスで、奨学金をもらっているのはルーシーとジャックだけだ。…でも、リディアは最近仕事が少ないせいか、ジャックも少しずつ貧乏な生活を強いられているみたい。教師の両親のおかげで経済的には問題無いけど自由が少ないルーシーと、母親の仕事は安定してないけどなにもかも自由なジャック。二人の性格は互いを補うように、相性ぴったりだった。
思ったより楽しい社会科見学が終わりごほうびとして自由時間が与えられると、みんなソーン・ミニチュアルームへとまっしぐらだ。ルーシーは初めてこの不思議な空間に足を踏み入れて―魔法にかかった。
目の前に広がるその小さな空間に、ルーシーは完全に心を奪われていた。せいぜい靴箱2つか3つ分くらいの小さな部屋。だけどそこには、ルーシーがずっと夢見ていた素敵な68の部屋がきらびやかな光を放っていた。あまりにも精巧なミニチュア、品のいい調度品、窓の向こうに描かれた風景―どれもかつて人が住んでいた部屋を模して作られたものだ。

E-17、16世紀後期のフランスのベッドルームを見つめながら、ルーシーはうっとりしていた。あの背の高い天蓋付きのベッドは、どんな女の子が寝ていたの?どんな寝心地なんだろう?いま、この瞬間をひとりきりで味わいたい。ああ、この中のどこかの部屋に住めたらいいのに――!


だけど社会科見学の後、ジャックがルーシーにある不思議なものを見せてくれた。'C'と'M'の飾り文字が彫刻された金属の鍵―ジャックが美術館裏側の通路でこっそり拾ったものだ!この鍵がなんなのか、全く見当もつかない。でも貴重品だとしたら…もう一度美術館に行かなくちゃ!

翌日、ふたたび美術館に来たルーシーとジャックは、あのミニチュアルームに来ていた。ジャックが言うには、鍵を拾った展示裏側の廊下に秘密がある、ということだ。そんなの根拠もなにもないのだけど、偶然にも裏手に通じるドアには鍵がかかっていなかった。ルーシーは好奇心に負け、周りの人の目を盗んで裏の廊下に潜入することにした。
…裏側にはなにもなかった。ミニチュアルームをメンテナンスするためなのか、裏側には表から見えないような位置に穴が開いていたり、箱に入ったミニチュアルームをつなぐ下枠があって…それだけ。
「鍵がはまりそうなところ、あったか?」
「もう一度、鍵を見せて」
ジャックがルーシーに鍵を渡した。ルーシーが鍵を触るのはこれが初めてだったけど―そのとき、なにかが起こった。
そよ風が吹いているかのように髪がなびく。靴が、服が少しずつ大きくなっていくような感覚があって―あわてて鍵を手放した。すぐに不思議な感覚は収まって、ジャックの目線はルーシーと同じ位置にある。…さっきはもっと上に見えていた!

この鍵にはなにかがある。ジャックが触れてもなにも起きないけど、ルーシーが触れたときにはなにかが―『魔法』が生まれている!ルーシーはちょっとだけ躊躇したあとで、今度はしっかりと鍵を握りしめた。
そよ風の感覚。ジャックが大きくなって、部屋がのびていく。服がぶかぶかになって、すぐにシュッと身体にフィットする。そんなことが何回か繰り返されて―変化が止まった。

ルーシーの身体は、13 cmに縮んでいた。元の身長の1/12―ミニチュアルームにぴったりの大きさに!

もうルーシーの好奇心は止まらなかった。こんなに心臓がドキドキしたことはない。
鍵を離せば元の大きさに戻れることを知ったルーシーはもう一度小さくなって、トランポリンみたいなジャックの手のひらに乗せてもらい、ついに裏側からミニチュアルームに入り込むことに成功した。昨日見たあの素敵なフランスの部屋―E17の部屋に!見物客の視線を盗んで入ったそこは―幻想の世界だった。
まるでおとぎ話に出てくるような素敵な部屋は、いまのルーシーの大きさにぴったりの大きさ!暖炉や彫刻、針編み刺繍まですべて当時のフランスのもの。なかでも目を引いたのは、昨日見た巨大な―13 cmの少女にとっては巨大な―天蓋付きのベッド!ダメ、もう、がまんできない!シルクのカバーに指を滑らせて、靴の汚れがつかないように足を上げ枕に頭を乗せる。うっとりするくらいにふかふか―。
「ママ、ママ、来て!見て!ちっちゃな人がいる!」
ガラスの向こうで声がした。見ると、6歳くらいの女の子がこっちを指さしている。ルーシーはその子が顔をそむけている隙にこっそり抜け出して…もとの通路に戻ってきた。

あともう一部屋だけ見てその日は帰ってきた。だけど、ルーシーもジャックもこの鍵の不思議な力がなんなのか、知りたくてしょうがなかった。だからもう一度、きちんと計画を立てて美術館に忍び込むことを決めたんだ。決行はルーシーの両親が出掛けて、クレアもいない日。
その土曜日の夜、ジャックの知恵でいろんな人に嘘をついて、裏の廊下に通じるドアの合鍵まで作って、二人はまたあの美術館の裏側に来ていた。

そこでまず分かったのは、ルーシーが縮むときにはルーシーの触れているものも一緒に小さくなるということ。服も、靴も、小物も。手を繋いでいれば、ジャックだって小さくなれる。戻るときも同じで、鍵を手放した時にジャックと手を繋いでいれば一緒に大きくなるし、もちろんルーシーだけ大きくなることもできる。そしてその魔法が効く範囲は、この美術館のあるエリアだけ―


二人は1/12のミニチュア世界を冒険するにつれ、いろんな不思議に出会う。小さくても演奏できる楽器や細部まで正確な模型など、あまりにも【精巧に作られ過ぎた】ミニチュアの謎。ミニチュアルームに本来あるはずのない、現代のものと思われる小さな鉛筆。ミニチュアルームの外に広がっていた当時の世界、そこで生活している人々―ルーシーとジャックは時空を超えていろんな時代の人と出会い、干渉していく。

ソーン・ミニチュアルームと鍵に秘められた『魔法』の正体を探し求め、夜の美術館で小さな冒険が繰り広げられる―!
ミニチュアとかドールハウスというものは縮小を扱った作品と切り離すことができないアイテムだ。実物の縮小模型という特性はありとあらゆるシチュエーションと親和性があり、また幼い女の子の理想の空間を形作る投影としての意味も含んでいる。「ちいさくなってお人形さんのおうちに住んでみたい」という願いは女の子らしい考えとして受け入れられ、そういうシチュエーションを描いた少女マンガも常に一定数存在している。…よね?
姉か妹がいる方は、実際のドールハウスに触れたことがある人もいるだろう。木のようなプラスチック、作り物だけど温かみのある家具、ざらざらしたガーゼのような衣服…本物と作り物の境目があいまいになった世界。ああいうものは不思議な魅力がある。精巧なミニチュアや可愛らしいドールには、本物すら持ち得ない『魔法』が込められている。

この本はアメリカで出版された児童書の翻訳版で、シカゴ美術館のミニチュアルームをめぐるストーリーだ。小さくなれる魔法の鍵などはフィクションだが(多分)、ソーン・ミニチュアルームは実在する。このミニチュアルームはインターネットでも公開されていて、もちろんルーシーが入ったE17の部屋だって掲載されている。もちろん、シカゴ美術館に行けば本物を見ることもできる。
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/category/15?page=3


この本はソーン・ミニチュアルームに散りばめられた謎を解き明かす冒険の形式で展開する。人形もいない、ただの小さな部屋で冒険になるの?と思うだろうが、そのあたりはちゃんと仕掛けがしてある。
第一に、各部屋には鍵やミニチュアルームの魔法などを解き明かすためのヒントとなるアイテムが点在している。別の魔法アイテムだったり、本来その部屋にあるはずのないものだったり、はたまた以前に―現代から数十年ほど前に誰かがミニチュアルームにやってきた足跡だったりする。そういったものを手掛かりにして、ミニチュアルームが作られた目的や、シカゴ美術館にかかわる人たちとのリンクが明らかになっていく…という謎とき要素がキモとなっているのだ。
第二に、ひとつひとつのミニチュアルームはある時代に実際に存在したものをモチーフにしているが―なんと玄関や窓の外にはその当時の時代が広がっていて、当時の人々が生活しているのだ。ルーシーとジャックは革命前夜のフランスや、魔女裁判が行われていたころのアメリカなどに行って、危険を冒しながらもその時代の人たちから魔法の手がかりを掴む。ゲームで例えると、ギャラリーオブラビrマリオ64みたいなものを想像すると分かりやすいだろうか。

それぞれの小部屋を通じてメインストーリーが進行していく一方で、バックヤードとなる裏の廊下では一転して小さな冒険が繰り広げられる。いかにしてルーシーもジャックも小さくなったままでミニチュアの部屋にたどりつくか?本を積み上げたり、ガムテープを張り合わせてクライミングしたり、G(黒光りするあの虫)の襲来もあったりでミニチュアルームの冒険以上のアスレチックが楽しめるだろう。ミニチュアから出たとたんに自分の小ささを実感したり、その大きさのまま携帯電話を操作する破目になったりと、細かなイベントもかなり充実している。
ちなみに、序盤ではルーシーだけが小さくなることが多いのに対して、中盤以降はジャックを残してルーシーが大きくなる場面が増えていく傾向があるみたい。これはこれで楽しい。

文章以外の要素だと、各章の冒頭にキーイメージとなる小さなイラストが添えられている。これは日本語版独自のイラストらしく、ルーシーは金髪の少女として描かれている。ただ、イラストの数自体はかなり少なめ。
洋書にはたびたび翻訳の問題が付きまとうが、今回の作品ではほとんどそのストレスを感じずに読み進める事ができる。もともとアメリカをはじめとする国々の子供たちに向けて書かれたものなのか文章はかなり平易だが、細かい部分についても理解しやすい表現になるように翻訳者が工夫を凝らしたのだろう、ちゃんと子供が読んでも理解できるような作りになっている。


残念なのは、これだけ大風呂敷を広げておきながらほとんどの謎が未解決のまま終わってしまうという点か。過去のフランスやアメリカに行ったエピソードもあまり展開せずに終了してしまう。キャラが魅力的なだけに余計残念。
……と思ったら、この本は3巻まで続編が出ているようだ。内容は確認していないけど、こちらもルーシーとジャックが主人公のストーリーらしい。確認でき次第、また感想を書きます。
12分の1の冒険 マリアン マローン http://www.amazon.co.jp/dp/4593534739/ref=cm_sw_r_tw_dp_DvTuwb0PE1BVY
消えた鍵の謎―12分の1の冒険〈2〉 マリアン マローン http://www.amazon.co.jp/dp/4593534755/ref=cm_sw_r_tw_dp_H6Suwb1A9BWPW
海賊の銀貨―12分の1の冒険〈3〉 マリアン マローン http://www.amazon.co.jp/dp/4593534763/ref=cm_sw_r_tw_dp_p7Suwb0TG80RS

英語版は結構人気があるようで、ペーパーバックにハードカバー、kindle版にリスニングCD版まで揃っている。イラストの感じもかなり違う。2巻の表紙が結構インパクトのある構図で好き。
こちらは現在4巻まで出版されている。各巻とも、なか見ができるようになっているので気になったらチェックしてみよう(実は1巻の縮小シーンもサンプルに収録されている)。簡単な英文(私が理解できる程度なので相当簡単だと思う)で書かれているので、英語の勉強用に使うのも面白いだろう。4巻ではリスニング版も視聴でき、こちらも聞き取りやすい英語なのだけど…少しばかり値が張るのが難点か。
ちなみに、原題のシリーズ名"The Sixty-Eight Rooms Adventures"は「68の部屋の冒険」なので、日本語版のタイトルは少しひねってあるようだ。
The Sixty-Eight Rooms (The Sixty-Eight Rooms Adventures) Marianne Malone http://www.amazon.co.jp/dp/0375857117/ref=cm_sw_r_tw_dp_j-Suwb0G0R7XS
Stealing Magic: A Sixty-Eight Rooms Adventure (The Sixty-Eight Rooms Adventures) http://www.amazon.co.jp/dp/0375867902/ref=cm_sw_r_tw_dp_h.Suwb01MMYEN
The Pirate's Coin: A Sixty-Eight Rooms Adventure (The Sixty-Eight Rooms Adventures) http://www.amazon.co.jp/dp/030797720X/ref=cm_sw_r_tw_dp_CaTuwb1D4JDTH
The Secret of the Key: A Sixty-Eight Rooms Adventure (The Sixty-Eight Rooms Adventures) http://www.amazon.com/dp/0307977242/ref=cm_sw_r_tw_dp_UbTuwb0EC0AJY
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