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ふしぎなおやど

このはな綺譚 2/天乃咲哉
一寸さつき

あの世とこの世の間にある、様々なひとが行き交う宿場町。「此花亭」は、その町の高台に建つ温泉宿です。
仲居はみな、10~17歳ぐらいの少女の姿をした狐ばかり。「狐は神の遣い」ともいうため、此花亭には神さまもお泊りになります。
お客は神さまだけではなく、迷い込んでしまった人間や、人ならざる物も…

それでも仲居たちの想いはひとつ。
「正体が何でも、どなたさまでも、お客さまは神さまです。」
もちろん、いま目の前におられる、あなたも…。

(以上、公式サイトより全文抜粋)


此花亭。この格式高いお宿には、いろんな方がお泊りになられます。
宿場町に住んでいる方、はるばる遠くからいらした方、長期間逗留していらっしゃる方―人間に動物、神様、なんと呼んでいいのか分からない方まで、実に様々な方がこの温泉宿を訪れます。
柚はこのお宿で働く新人中居の子狐です。もともとは人間の尼さんに拾われて育ったため、狐同士の勝手は少し疎いところがあります。ましてやったこともない中居の経験なんて!

それでも柚は、暖かい屋敷の皆さんや、先輩中居の皐ちゃんに助けられて一生懸命にお仕事を頑張っています。
―ですがある日、その皐ちゃんが働けなくなる出来事があったのです。


秋を少し過ぎた頃のことでした。祝言が続いていた時期で、皐ちゃんも夜通し宴会の担当をなさっておいででした。
柚もねずみの親方の付き人をしていました。といっても親方はねずみの大きさではなく、柚と変わらない背丈まで大きくなっていました。身体を大きくする薬を飲んだのです。…さすがにそのままの大きさでは猫の祝言には出られませんからね。

「あとァこれで小さくなる薬を飲めば元通りって寸法ヨ」
そう言う親方と柚は、薬が置いてある待合い室に入ります。
ですが、そこにはなぜか皐ちゃんの着物が畳に広がっていて…
―いえ、着物の中になにか小さな…?

「茶菓子と間違えて小さくなる薬食べちゃったって!?ばっかだな~!!」
先輩中居の棗ちゃんが笑います。皐ちゃんはお人形さんくらいに小さくなって、私たちの前に座っています。
…本当は柚が十分に説明をしなかったのがいけなかったのです。
おまけに薬の余分がないので、しばらくはこのままだそうで…
小さくなった皐ちゃんは、蓮ちゃんに縫ってもらった洋服を着て(本当にお人形さんみたいです)なんとか体裁は整いましたが…ひとつ重大な問題が。
「でも参ったな~皐に休まれると仕事にならないのよね~」
そうなのです。中居頭の桐ちゃんがおっしゃる通り、経験豊富な皐ちゃんがいないとお宿のお仕事が回らないのです。
ですが、真面目な皐ちゃんは別の中居と組んで指示を出すと言いだしました。…確かにこの大きさなら頭や肩に乗って指示を出すことはできます。
ためしに棗ちゃんと皐ちゃんが組んでお仕事をしてみたのですが、その…堅物で細かいところのある皐ちゃんと、明るく無神経な棗ちゃんでは相性が悪かったようです。

そんなわけで、皐ちゃんは柚の肩に乗ってお仕事の指示をすることになりました。
身体の大きさは違うものの、皐ちゃんはいつも通りテキパキと指示を出しています。
「柚!ご予約のお客様だ。出迎えるぞ」
「あ…はい!」
さっそくお客様です。皐ちゃんも柚の肩の上からご挨拶をします。
…ですが柚はその方の格好を見るなり、皐ちゃんの指示を待たずにお客様に声をかけたのです。

「あの…お客様!お疲れのようですし、良ければ足湯をご用意致します!」
そう言うなり、柚はお客様を綺麗な景色が見える庭へとお連れして、手際よくおもてなしの準備を整えました。
皐ちゃんが気づかないようなことも丁寧に対応する柚。お客様もとても満足そう。
―皐ちゃんが肩の上から見たそんな柚の姿は、昔のドジで未熟な柚ではなくて―


「皐ちゃん、次のご指示は?」
「……いや。もう…指示することはないよ」
狐っ娘たちが主役の和風ファンタジー。神様や人外など、いろんな客がやってくる温泉宿を舞台に起こる不思議なことや、そんな出来事を通じて成長していく柚たちを描いた作品。奇を衒わない素直なストーリーだけど、とても優しい雰囲気が流れる。

この作品には前身がある。『此花亭奇譚』というタイトルで、『百合姫エス』というライト百合雑誌に2009年から連載されていた。
このライト百合というのがひとつのポイントで、「同社の『百合姫』ほどコアではない少年向け雑誌」という位置づけにある雑誌だった。此花亭奇譚もそれに合わせて作られていたのだが、そのうち雑誌自体が休刊に。その後数年間、作品自体がストップする。
このあたりの事情については、作者様がご自身のブログで説明なさっている。該当記事のリンクは以下。
http://amanosakuya.blog83.fc2.com/blog-entry-665.html

こちらの作品は、上下巻に描き下ろしを加えた新装版の形で完結している。
此花亭奇譚 新装版 (上) (バーズコミックス) 天乃咲哉 http://www.amazon.co.jp/dp/B00YHA4PF0/ref=cm_sw_r_tw_dp_cJHcxb0J0DBGG

これ以前に発売された旧版には描き下ろしが収録されていない…かわりに細部が異なるようなのだけど…未確認です。こちらは百合姫コミックスからの出版だがkindleに対応しておらず、若干入手しづらい。
此花亭奇譚: 1 (百合姫コミックス) 天乃 咲哉 http://www.amazon.co.jp/dp/B00ODW1PIM/ref=cm_sw_r_tw_dp_tOHcxb0T8494T


その後、幻冬舎の月刊コミックバーズで連載開始したのが今回の『このはな綺譚』。
此花亭奇譚からストーリーは続いているものの、前作を知らなくても読み始められるようになっている。雑誌が変わったためにほんの少しだけ方向性が違う…とのこと。
紛らわしいタイトルだけど、新版は「綺」が糸へん。
このはな綺譚 (1) (バーズコミックス) 天乃咲哉 http://www.amazon.co.jp/dp/B00XHV7JLM/ref=cm_sw_r_tw_dp_xVHcxb0E10AV6


…なんでここまで前置きが長いのかというと、今回の話は旧作のバックグラウンドが重要なのだ。
主人公の新人中居である柚と先輩の楓は、此花亭奇譚の頃からのパートナー。つまり、『少年向けライト百合雑誌でカップルに準じる扱いだった』という、ひっじょーに繊細な関係なのである。
ストレートな百合カップルとも、純粋な友情とも異なるラインの上にいることを理解して読むと、この話の意味がかなり変わってくる。

で、肝心のストーリーなのだけど、実はあらすじで書いた以上のことは起こらない。
小さくなった皐が柚の働きぶりを間近で見て、もう自分が必要ないことを痛感する―シンプルにこれだけ。
…これだけなのだけど、その見せ方が実に良い。人形扱いされてフリルのついた服を着せられ、どこへ行くにも柚の肩に乗って、温泉ではお椀のお風呂に入って…と、スタンダードな展開がテンポよく続く。
もともと皐はぶっきらぼうな話し方をする中性的なキャラなのだけど、そのギャップもいいスパイスになっている。普段の皐は柚より頭一つ身長が高いのもポイント。
特に最後のシーン、柚が泣きながら小さな皐を抱きしめるシーンがグッとくる。結局、皐がどうやって元の大きさに戻るかは…読んでからのお楽しみ。個人的には、これは百合の範疇だよなぁ、と。にひひ。


『このはな綺譚』は一話完結のオムニバス形式であり、なおかつひとつひとつの話がとてもきれいにまとまっているのでどこから読んでも楽しめる。『百鬼夜行抄』や『ハクメイとミコチ』といった作品群が好きな方には間違いなくおススメできる作品。現在(2016年4月)もバーズで連載されているので、雑誌を見かけたら読んでみるのが吉。
…ただし、雑誌が変わっても(露骨ではないにしろ)百合要素が含まれているので、苦手な方は注意しましょう。


Amazonはこちら。今回は私もkindle版を購入した。というのもkindle版のほうが1割近く安く、またコミック版では収録されていないカラーイラスト特典があったためだ。電子書籍にしかないメリットってのもあるのね。
ただ、最初から電子版として作られているため、コミックカバーやそれをめくる楽しみが無いのも事実か。
コミックスは現在3巻まで発売中。
このはな綺譚 (2) 【電子限定カラーイラスト収録】 (バーズコミックス) 天乃咲哉 http://www.amazon.co.jp/dp/B017D7FKKM/ref=cm_sw_r_tw_dp_I5Gcxb0VEVCH8

作者様ご自身による公式サイト。登場人物や背景など、丁寧に解説されている。
前述した『此花亭奇譚』の第1話と、『このはな綺譚』の第1話の試し読みができます(このはな綺譚は途中まで)。
「このはな綺譚」公式サイト http://konohanatei.sakura.ne.jp/
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